2009年12月20日日曜日

全国高校駅伝

 全国高校駅伝。京都西京極でおこなわれ,現地に赴いた。正直言って,実際に観戦に行っても,レースのすべてを見られるわけではないし,家でゆっくりテレビで見ている方が楽しいと思って現地に行く気にはなれなかった。
 もちろんレースの詳細や流れはテレビを見ている方がわかりやすい。しかし,やはり目の前で見る迫力や臨場感は違うなと感じた。駅伝を生で見るのが初めてではないのはもちろんなのだが,はやり目指すべく都大路を走る選手たちが目の前に実際にいることは感動であるし,その存在感が大きかった。
 そんな中,今回の駅伝で,失礼ながら,まったく下馬評にあがっていなかったチームが,上位入賞を果たした。雑誌などに掲載されているトラックの自己記録から考えても他校からも劣る。そうした学校が出てくることを心のどこかで期待しているだのが,やっぱりそれが駅伝なのだなと思う。トラックの記録だけで決まってしまうのはおもしろくない。1年をかけてこの場所を目指してくるだけに,この日にその実力を発揮するように作っていくことが駅伝の醍醐味なのだ。
 やっぱりここに来たい,その思いを改めて強く持って京都を後にした。

2009年12月19日土曜日

校外練習

 今日は2週間ぶりに明石公園で練習をした。いつも集合する場所のすぐ近くにテニスコートがあり,試合をしていたようで放送がよく聞こえてきた。これは2週間前も同じ様子で,テニスの選手たちがウォーミングアップに,自分たちが練習している場所まで走ってきていた。
 しばらくすると,明石市内の中学校の体操服を着た生徒が下り坂を勢いよく下ってきた。テニスの選手だろうと思っていたのだが,ウォーミングアップにしては勢いがよすぎる。しばらくすると,その中学校の陸上競技部の顧問の先生が自転車で後ろについておられ,「おはようございます!」と挨拶をして行かれた。陸上競技の選手だったのである。走っているのはテニスの選手だけではないということである。
 その数分後,違う体操服の中学生が坂を下ってくる走りに,一瞬にして目を惹かれた。自分のそばまでは来ずに途中でそれてしまったのだが,必ずここは通過するだろうと思われた場所に先回りした。するとやはりいい走りで自分のところに近づいてきた。声をかけてやろうと思っていたところ,自分のことを知っていたのだろうか,先にニコッと笑顔で会釈された。「いい走りやね!がんばれー!」と言うのが精一杯だった。
 しばらくして,その中学校の先生を見つけることができた。挨拶に行き,その選手のことを話した。すると「いやいや,そんなん全然走れる選手じゃないよ。」とおっしゃられるので,「いやー,いい走りでしたよ。さっき先回りしてもう一度見に行きましたからね。」と話すと「そう?じゃあ長距離やらせようかな。」何と,短距離選手だったのである。これには驚いた。
 校外に出て練習をするとこうした他校の選手や顧問の先生に会えておもしろい。今日はいい選手を目にすることができたことが一番の収穫であった。

2009年12月18日金曜日

周囲の関心

 この週末に全国高校駅伝,年明けには箱根駅伝があるが,自分は駅伝を専門に指導している立場の人間なので,もちろん出場することができなくても関心は高い。しかし,ここ数日,職場の人たちから注目する選手や学校は誰なのか,どこなのか,どれぐらいの記録で走るのだろうか,どこが優勝するのかなどと訊ねられる。けっこう周囲も関心が高い。
 ところが,自分はとなると,他の競技に関してそれほど専門の人と話をするほどにあまり知識がない。とくにプロスポーツならまだしも,高校競技になるとなおさらわからない。そんなこともあって,駅伝の話を持ちかけられても,自分に気を遣って話してくれているのかなと思って逆に気を遣ってしまい,あまり愛想よくできず,簡単に上っ面だけを話してしまうことが多かった。
 最近は駅伝という競技は関心度が高い競技なのだなと改めて感じ,素直に周囲の声に応えているつもりである。応援してもらっているのもありがたい。周囲の関心がさらに高まるよう,本チームもがんばりたいと思う。

2009年12月17日木曜日

山を越えて得るもの

 大学3年生のときのこと。自分の大学の陸上競技部は当時7月に幹部交代があった。しかし,長距離パートは11月の関西学生駅伝で引退なので,幹部交代式には出席するものの,パートリーダーの交代はなかった。ところが,自分が3年生のときには「チーム運営は4年生でするが,次期パートリーダーとして他のパートと同じように発表して挨拶をしてもらう。」と言われ,その次期パートリーダーに自分が選ばれた。長距離のパートリーダーとはつまり駅伝チームの主将である。自分にとっては,実際に主将としてチームの中心に立った1年間も,チーム力が低下し,自分自身も故障期間が長かったので,しんどいところはあったが,7月から11月までの4年生の先輩がいる中での次期主将という立場は非常にしんどかった。
 とくに,毎日の練習後にミーティングがあるが,先生方が話され,先輩が話された後,最後に自分が話をする。それまでの話が短ければ多少話はできるが,長ければ短くまとめ,それまでに話をされてきた方々の話に水を差すことのないように,またそれでも意味のあるように話をしなければならない。これを瞬時に考えなければならなかったのは大変だった。4年生の主将も自分に気を遣ってくれて,よく声をかけてもらったし,いろいろ教わった。しかし,またそれ自体が自分は気を遣われているのだなと,逆に気を遣った。
 そうしたプレッシャーから解放された11月には,今度は自分が実際にやらなければならないというプレッシャーが襲いかかってきた。しかし,それまでの4か月があったからこそ,乗り切れたのだと思う。思えば,自分が主将になるときには,戦力ダウンが明らかだったので,そのために早くから幹部に任命して育ててもらったのかなと思った。
 あの頃のしんどさは今の自分にも非常に役に立っていると感じる。やはり何か1つ山をを乗り越えることというのは人生にとって大事なことだなと思う。

2009年12月16日水曜日

誕生日に気付けず

 昨日の本欄に掲載した新しく入部した女子部員から入部届けが出た。これで正式に入部が決定した。備考欄に以前に膝を痛めていたことを記入しており,本人からもそれを告げられ,少し話をした。そして以後,選手登録のために必要な事項が書かれているかを確認した。「よし,OK!」と言って受け取った。
 その入部届けを見ながら,パソコンを開いて選手名簿に入力していると,生年月日のところに「12月16日」と書かれていた。「ん!?」もう一度見直したが間違いない。今日が誕生日だったのだ。「あーしまったな。受け取って確認したときに気づいてやればよかった。」と後悔した。そんなことを職員室内で話していると,隣りの席の職員が,「それはちょっと残念でしたね。自分も担任をしていたクラスの生徒には誕生日の朝には「おめでとう!」と一言だけ言っていましたね。」と話しておられた。
 とくに誕生日だからといってプレゼントを用意しているわけではないが,「おめでとう!」と言えるチャンスを逃したような気がして残念であったし,隣りの先生も同じ気持ちであったことは嬉しかった。一日遅れでもいいかなと思いながら今,これを綴っている。

2009年12月15日火曜日

新入部員

 昨日で期末考査が終わったが,考査前に本チームに入部したいという女子生徒がいた。その生徒は,実は中学時代は陸上競技をしていたのだが,短距離を専門にしていた。自分は入学を知ったときに長距離に誘うつもりだったのだが,膝を痛めていて走れないということで断念した。
 ところが,運動が好きな彼女は他の運動部に入部した。膝を痛めているのに大丈夫なのかと,何度か練習を見に行ったことがあった。その動きはやはり走らせたいと思えるもので,膝もどうやら大丈夫なようである。それでは逆に本チームに入っておけばよかったのにと少々後悔した。というのも,その部はけっこう熱心に活動されており,自分もその活動に対して応援したい気持ちがある。いわゆる「引き抜き」はしたくない。
 ところが,先月末あたりから転部の気持ちがあることを知った。しかし,それでも自分は動かなかった。そして昨日,初めて自分のところに「長距離がしたいんです。」と現顧問とともにやってきた。そこで初めて「ウチは大歓迎だ。責任を持って指導する。」と話した。どうやら中学時から長距離には関心が高かったらしいが,自信がなかったらしい。本チームは実績は関係ないので,未経験者でもできることを知り,ますます興味を持ったらしい。
 後はじっくりじっくり進めていく練習に耐えられるかだけであろう。結果を急がず,丁寧に育てていきたい。

2009年12月14日月曜日

子どもの遊び

 クリスマス前になって,近所で取り上げられている話題がある。クリスマスプレゼントに,携帯ゲーム機を与えるかどうかということのようである。と言うのも自分たちが子どもの頃にも流行して小学校高学年になると買ってもらった記憶がある。しかし,問題となっているのは,幼児から小学校低学年にかけての子ども対象なのである。
 自分自身,けっこうこういったゲームが好きで,今でもやったら夢中になっていることと思う。しかし,簡単に買い与えるのはやはり抵抗がある。ちょっと聞いた話であるが,自分たちの子どもの頃よりも当然ながら性能が上がったゲーム機は,今では同じゲーム機を持った何人かが集まり,通信して一緒に遊べるらしい。それを持っていない子どもは仲間外れにされるというのだ。「貸してあげたらいいじゃないか。」と思うのだが,そうもいかないらしい。
 また,家族で外食に出かけているのにもかかわらず,ゲーム機で遊んでいる子どもがいる。公園にまで来てゲームをしている子どもも見かける。そんな光景を目にすると,子どもに与えるには抵抗感が出てくる。こうしたことが起こるのは,明らかに安易に考える大人が原因である。ゲームをさせておけば静かにじっとしている。自分の子どもが仲間外れにされたくない。ゲームがほしいと言う子どもを諭すことができない,など…。
 しかし,自分の近所ではこうしたことが話題に上がるのだから,持っていたとしても簡単に買い与えているわけではないのだろう。何でもほしいものが手に入るようでは困るし,手に入れてやはり喜びがないといけない。また,手に入れればその使い方も大事である。そうした子どもの頃に,親が少々面倒な目をしてでも我慢させるからこそ,子どもは育つのではないだろうか。