2012年2月26日日曜日

環境

東京マラソンがおこなわれた。ロンドンオリンピック選考競技会としては福岡国際マラソンに次いで男子は2戦目となる。その福岡で日本人選手トップでゴールした川内優輝選手がもっとも注目された。本欄でも取り上げた「公務員ランナー」である。結果から言うと,川内選手は残念なレースとなってしまったが,日本人選手トップの2位に入った藤原新選手は,実業団に登録せず,フリーの立場で走り続ける選手。川内選手,藤原選手とこのオリンピック選考会の2レースを見ていると,エラそうな表現で申し訳ないが,会社からバックアップを受け,コーチやトレーナー,ドクターまでついていて,練習環境にも困らない実業団選手はいったい何をしているのかなと思う。
 単純に考えれば,恵まれているほど我慢できず,悪環境ほどハングリーだから我慢強いことは考えられる。ただ,環境に恵まれない選手はいろいろな工夫が必要になる。仕事をしながらであれば時間も考えなければならない。練習場所や練習相手もそうであろうし,お金もないだろうから,それを工面することも考えることになる。それをしんどいと感じてしまえばそこで終わってしまうのだろう。そこを超越しているからこそ,精神的な強さが要求されるマラソンのレース後半に,力が出せるのだと思う。
 実業団には優れた能力を持った選手が多数いる。2時間6分や7分あたりのタイムを出せるトラックの実績は十分にあるように思う。もっと日本の長距離界が活躍できないものかなと思う。

2012年2月25日土曜日

故障時の練習

順調に進んでいた冬季練習であったが,2月に入って少々故障者が出だした。本チームは幸いにして長期に及ぶ故障者はしばらく出ていない。今回の故障もそれほど心配はそいていなかったが,新人駅伝前ということで気を遣った。
 気になるのは,故障をしたときの練習である。故障をしても指示した練習をしっかりしていればそれほど体力が落ちるわけではないのだが,「しっかり」はできていない。意識として,故障をしても,本練習をしている者と同じ負荷がかかるように練習をするようにと何度も言ってきているが,それほど負荷のある練習ができているとは思えないのである。たとえば,足引き運動,または引き付け運動と言って,あおむけに寝て,足を上前方に向かって蹴りだし,膝を胸に引きつけるという動作を繰り返す補強運動があるのだが,足の先が落ちると効果が落ちる。自分が少し目を離すと足が落ちている。かつて,これを「世界一美しい引き付け」と呼ぶほどにきれいな動きの引き付け運動を2か月続けた選手がいたが,故障明け2週間で,5000mの自己記録を1分以上短縮した。本チームの選手たちの引き付け運動はこの美しさには程遠い。
 また,レースが近づくと,足が痛くなくなったというが,レースが終わると足が痛いと言って走れなくなる部員がいる。今まで走っていたのに「お前,大丈夫なんか?」と声をかけた途端に足が痛いと言う部員もいる。事あるごとにがっくりくる。
 まずは強くなるために何をしなければならないかを考えることであろう。それがわかっていれば,そんな中途半端なことは起こらない。走れない悔しさや苦しさが努力にリンクしないという話をしたことがあるが,すべては強くなるためにリンクしてほしいものである。

2012年2月24日金曜日

練習メニュー
 自分が練習の最初に出られないことがある。こういうときは練習メニューを言い渡すのに困る。指導者の方々はこうしたことが当然ながらよくあるだろうから,部員の代表に自分のところに指示を仰ぎに来るようにしているのだと思う。自分は,ここ3年は本当に忙しく,なかなか練習の最初に出ていけないので,本当はそうするべきなのだろうが,練習メニューを練習が始まるぎりぎりまで決めたくないことと,それを直接伝えられるものなら伝えたいというこだわりで,主将や主務に自分のところに来るようには指示していない。
 先日,最初はグランドに出られるはずであった。だから,直接練習前のミーティングで練習メニューを伝えるつもりであったが,急に会議が入った。全くグランドに出ることができずに1時間半が過ぎた。ようやく,会議が終わり,グランドに出た。すると練習は進んでいた。主将たち幹部の判断であろう。それでいいのである。自分のこだわりで練習メニューをぎりぎりまで決めたくないのだが,それほど毎日練習が変わるわけではない。ちょっとしたところのアレンジなのである。自分が考えていた練習メニューを言い渡すことはできず,予定していたメニューとは違う練習をしていたが,選手たちが考えてやっていたことの方が収穫は大きい。そのまま続行させた。
 何か矛盾しているように感じることと思う。練習にこだわりがあるからぎりぎりまで決定しない。それにもかかわらず,自分の予定していた練習メニューではないのに選手が決めた練習を優先させた。選手が判断した内容にとくに間違いはなく,自分が来ないから何もせずに待つでもなく,選手たちの中で最善の判断をして練習をしたからこそ,それを優先したのである。
 その日の練習は,思っているよりも早くに終わった。動きもよかったようである。少しずつチームとして成長しているように感じている。まだまだ甘いかもしれないが,前進を少しでも感じられることは嬉しいことである。

2012年2月23日木曜日

節制

大学1年生のときのこと。自分は当時,181cmの身長で体重が58kgであった。子どもの頃からやせていて,小学生の頃は,体重測定のたびに朝食を多めに食べたり,水を飲んでトイレをがまんしたりして,体重が増えるようにがんばっていたほどに痩せていて,ガリガリと言われることが嫌だった。だから,陸上競技を始めるとなお一層,身体は絞れ,まずもって太るということはなかったので,減量や節制ということを考えたことがなかった。
 ところが,冬季練習に入った頃,体脂肪率を測定したことがあり,そこで自分は8.8%だったのだが,一緒に測定した同期の選手が6.8%と,自分より2%も低かったのである。そのときに散々自分の生活の甘さを指摘され,非常に悔しい目をした。
 あまりの悔しさに,そこから自分の節制生活が始まった。基本的に家で出される食事は普通に食べた。しかし,間食は一切やめた。もちろん,お菓子はまったく食べない。生野菜にかけていた大好物のマヨネーズもまったくかけなかった。練習量は走り込みの時期だったので距離は増えた。そして,2か月経ったときにまた測定した。なんと6.0%まで体脂肪率が落ちたのである。この節制生活はそれからも続けた。時々,甘い物も食べたし,外で食事をしたら野菜にマヨネーズがかかっていることもあったが,基本的にはやめていた。2か月で結果が出たことで,その節制が苦痛に思えなくなったのである。
 こうしたことが苦しい,辛いというだけではもたないと思う。しかし,目的があるから必要なのである。我慢できていることに喜びや達成感を感じられた。その我慢が競技に結びついた。だから続けられたのである。
 結果が出ないことは辛いが,こうしたことは効果を感じられるまでに時間がかかる。それが当たり前だと思ってやってみることだと思う。

2012年2月22日水曜日

努力の方法

ここのところ,何度か掲載してきている内容だが,貧血についてもう一度述べたいと思う。本チームには貧血の者,貧血経験者が数人いる。しかし,ここ最近,あまりにも回復が遅い。自分自身が貧血から回復した経験を持っているだけに,その遅さにはかなりイライラさせられている。本の20日前に同じようなことを掲載したにもかかわらず,再度ボヤくことをご了承願いたい。
 かつて,この時期に相当数値の低い貧血であることがわかった女子部員が2人いた。彼女たちほど低い数値はこれまでもその先にも見たことがない。2人の血色素量を合わせて1人の選手異常な数値だったのである。この2人は,この時期の新人駅伝で3km区間を担当し,15分32秒と14分28秒と合わせて30分かかった。しかし,ここからの努力が凄まじかった。貧血を治すために勉強し,親に協力を求めて食事を変えた。4月第2週の記録会では2人とも3000mで11分台に突入し,11分36秒と11分52秒で走った。2人で6分半ほどを短縮したことになる。2か月経っていない。この2人は,秋には10分台で走る。
 しかし,今の部員は,貧血なってからの努力が足りない。何度言っても勉強する気がない。たとえば先日の新人駅伝後のミーティングで,鉄分の摂取時に一緒に摂取するといいい栄養素を訊ねても答えられない。逆に,鉄分摂取時には避けなければならない要素もわからない。回復に時間がかかるはずである。自分は,それぐらいのことは高校1年生の時に知っていた。しかも指導を受けたわけではなく,自分で調べて知識とした。これは特別なことではないと思う。強くなりたい,走れるようになりたいと思えば,実に当たり前のことである。摂ってはいけないものは完全に断ち,摂った方がいいものは嫌いな物でも摂取した。走れるようになりたいと思う気持ちから,それだけである。
 不真面目,やる気がない,ということでもないようである。努力の方法をすべて100%言わなければわからない様子である。本チームの低レベルな次元を露わにして情けないが,これが事実である。

2012年2月21日火曜日

世界

一昨日に第4回西脇多可高校新人駅伝に出場したが,女子選手1人が神戸でおこなわれた第23回ジュニア選抜競歩大会に出場した。来年度の全国インターハイを見据えての出場である。この大会には,全国屈指の競歩選手が出場する。その中で歩くことが目的であった。この内容については後日掲載したいと思う。
 この大会は,第30回オリンピック競技大会(2012/ロンドン)代表選手選考競技会も兼ねていた。今回,出場した女子選手はジュニア選抜の5㎞に出場したのだが,オリンピック選考会の20kmに出場するための標準記録を切っていた。しかし,エントリーする段階でそこに意識がなかった。考えてみたら,オリンピックに出場することはイメージすることができないレベルなのかもしれない。本チームでオリンピックに出場しようとなどという発想を持った選手はいないし,実際に,日本選手権やマラソンの選考レースに立つことはできない。
 本チームで唯一,世界一を決めるオリンピックという競技会に出場するための選考会に立つことができた選手がいた。オリンピックに出場することは大変なことであるが,その選考会に立つこともまた容易なことではない。
 全国インターハイばかりに意識が向き,オリンピックという大きな大会に意識がなかった。20kmにエントリーできたのに,全くその気のなかった自分に悔しく思った。
 「世界」は遠いなと思ったら,ずっと遠いのだと思う。先入観や固定観念をなくし,上を向いて生活しないと成長はないのだなと思う。

2012年2月20日月曜日

経験

昨日は,第4回西脇多可高校新人駅伝に出場したが,男子チームについて。本チームの男子は,オーダーを組むのに余裕がなく,控えが1人しかいない。その控え選手も故障をしており,メンバーはぎりぎり。しかも,直前で故障者が出て無理やり走る状態。さらに,かなり低い数値の貧血の者が1名,ここにきて調子の上がらない者が1名と,チームとしてはよくない状態で大会を迎えた。
 しかし,逆に最近になってグンと調子を上げてきた者もいる。総合成績としては高いものは臨めないが,それなりに楽しむ部分はある。そして,経験を積むために,あえて長い距離の区間の経験が浅い者を1・3・4区に配置した。調子の悪い者も,その中で走ることは経験である。
 終わってみて,思ったとおり,総合成績は決していいものではなく,満足できないが,収穫はあったと感じている。それぞれの経験修正部分も明らかにわかっており,この駅伝後に予定していた練習にも入っていけそうである。
 もう少し記録がよければ文句なかったのだが,それはそれで仕方がない。脚の状態,体調を取り戻して,また積み上げていきたいと思う。